Inside-Out

the past is over, though there is still nostalgia

とあるプログラマー「仕事でプログラミングするじゃないですか。そうすると飽きて来るじゃないですか。家に帰ってから気分転換のためにプログラム組んでいるんですよ!」

とあるCGデザイナー「仕事でCG創るけど、時間が空いたら暇つぶしにモデリングやるんだよねぇ」(なんか凄いリアルなファブリーズの画像をレンダリングしてた。)

とあるプログラマー「仕事でプログラミングするじゃないですか。そうすると飽きて来るじゃないですか。家に帰ってから気分転換のためにプログラム組んでいるんですよ!」

とあるCGデザイナー「仕事でCG創るけど、時間が空いたら暇つぶしにモデリングやるんだよねぇ」(なんか凄いリアルなファブリーズの画像をレンダリングしてた。)

映像を作るとき、誰が見るのかを考えることは基礎中の基礎。それは他人に見せることを前提にしたあらゆる創作について同じだろう。その視点は自分がどんな 映像を作るのが得意かの判断基準でもある。例えば、50代を対象にした商品のプロモーションビデオを作るときに「10代の感性を入れてみました」とやっ ちゃったら、たいてい失敗する。今、テレビや新聞のほとんどの広告が年寄りを対象にしていることを考えると、若い、斬新な考え方を披露するのは、商売上得 策ではないかもしれない、と先日ふと思った。

きっかけはこれから頑張っていきたいという20代のモデル/女優さんと会ったこと。女優さんの卵~雛だった。その女性が今後活躍出来る場があるかどうかを考えたとき、僕はなんとなく「う~~~ん」としか思えなかった。

だって20代じゃ、金持ってる40以上の女性の共感を得るのは難しい。そして今の20代以下は購買力もなく人数も少ない。もはや若年層は商売の対象として 勘定に入っていないという悲しい現実がある。いまむしろ30代後半から40代以上のモデルさんのほうが大いに需要がある。たぶん。少なくとも現場にいる僕 はそう感じる。

映像表現においても同じかもしれないと。

例えば映画。もう平成生まれの若い人たちは映画なんて見に行かない、と考えたほうがいい。そんなときに誰もやったことがないような斬新な、若い感性の映画を作るより、三丁目のほうが客は入る。

僕が、昔から恐れていて今も恐れていることは、若く優秀な映像作家さんたちがどんどん次から次へと業界に入ってくることによって、年老いた自分の居場所がなくなってしまう、という時の流れだ。だから常々、45歳がディレクターとしての限界点だと言ってきた。

が、最近ひょっとするとそうでもないかもと思い始めている。例えば、企業も今、業界に関わらず、「大人」もしくは「外国」をターゲットに徐々に移行してい るのを感じる。そんな傾向を目の当たりするうちに、僕はこの国で最も人口の多い第二次ベビーブームの世代だから、このままの感性を持ち続ける方が得策なの ではないかと考えるようになった。若い感性なんてもうこの国では用はないのかもしれない。むしろ年寄りに共感してもらえる感性こそが必要なのだろう。もし かすると歳を取れば取るほど、仕事が増えていく可能性すらある。ただそれは新陳代謝が止まった世界。ものすごく不健全で、ものすごく悲しいことだけど。

誰が僕が作った映像を見るのか。少なくとも若者を対象にして映像を作ることは本当に少ない。

さて、僕の予想通り、これから先、歳を取った映像制作者の感性が重宝される時代がくるのだろうか?

「自分の意思でお金を払ったんだからいいだろ?」
そういう意見もあります。 でも、自分の意志でお金を払ったらなんでも許されるかな? 例えば、10万円で講座を受けられる契約をした。
ところが講座に必要な教科書が5万円、教材が9万円、手数料が3万円!?
そんな聞いてないですよ?え?やめてもいいけど10万円は戻らない?そんなぁ。 って場合とか。
正当な取引って、正常な判断力があって、十分な情報があって、
その上で価格に見合うお金を払おう、って、思った場合にだけ成り立つんじゃないかな? 騙したり、勘違いするように仕向けたり、時間で迫って焦らせたり、ギャンブルに酔わせたりしてたら、正当じゃないよね?
そこが許容範囲内なのかどうかって、もちろん議論はあるけれど、
必ずしも「自分の意思でお金を払ったから正当」とは言えないよね。

志村へ

                                           この手紙をもって俺のコメディアンとしての最後の仕事とする。
まず、俺の芸能人生を解明するために、DVDを買うようお願いしたい。
以下に、コントについての愚見を述べる。
コントを考える際、第一選択はあくまで「笑いを取れば勝ち」という考えは今も変わらない。
しかしながら、現実には若手芸人の多くがそうであるように、他人をバカにして笑いを取ったり、
素人にツッコミを入れるだけで内輪受けに走っている事例がしばしば見受けられる。
その場合には、企画段階から綿密な計算と準備が必要となるが、残念ながら未だ満足のいくコントには至っていない。
これからのコントの復活は、綿密な企画立案、それとライブの復活にかかっている。
俺は、志村がその一翼を担える数少ない芸人であると信じている。
能力を持った者には、それを正しく行使する責務がある。
志村にはコントの発展に挑んでもらいたい。
遠くない未来に、素人いじりや他人をこき下ろすコメディがこの世からなくなることを信じている。
ひいては、俺のネタを研究した後、計算された笑いの一石として役立てて欲しい。
リーダーは活ける師なり。
なお、最後に、 お笑い芸人でありながら、多数の人を泣かせて旅立ったことを、心より恥じる。

                                           いかりや長介

負けが決まってる勝負を死ぬまでやらされる若者世代。

学習院大学経済学部教授の鈴木亘先生と、年金についてお話しました。現状、20代、30代の人は、払い込んだ年金のうち6割ほどしか貰えません。若いうちから貯金しとけばいいと言われても、不況やらリストラやらです。金融広報中央委員会によると、20~29歳の若者の4割は貯蓄残高が0円です。サラリーマンや公務員などの場合は、年金は給料から自動的に引かれるので、年金を払わないという選択肢は無いです。ちなみに現在60代以上の人は、払い込んだ年金の額の6倍ぐらいもらえるそうです。

ついでに言うと、日本全体の金融資産の6割は60歳以上の人が保有しています。ちなみに8割の金融資産は50代以上が所有しています。39歳以下の人が所有している金融資産は6%です。貧乏な若者が裕福な高齢者に貢ぐという構造になっているわけですね。

ただ、若者はお金を持ってないので、政治献金も出来ないし、働いていて忙しいので投票に行く暇もなかったりと、政治的な影響力は小さいので、政治家に期待するのは難しそうです。そうすると、働いている若者は、ひたすら我慢するしかないわけですね。「相続税をあげればいい」とか、「金融資産税を作ればいい」とか、アイデアを出す人たちは若者世代でもわりと多いですけど、政治的な影響力が無いので、何の意味もありません。

というわけで、不利なルールであることがわかっても、ルールを変えることが出来ないまま、損をすることが確定している若者世代のみなさんですが、「最近の若者はお金を使わない」とか、「夢の無い若者が増えている」とか、マスコミによると、不況も若者のせいらしいです。

いやぁ、ほんと世知辛いですね。